「わたしはぶどうの木、
 あなたがたはその枝である。」
     ヨハネによる福音書15章5節より




 この聖句の前後には、次のような言葉があります。

 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」

(ヨハネによる福音書15章1~5節)


 「まことのぶどうの木」とはイエス・キリストのこと、その枝とは私たちのことです。農夫にたとえられる神様は、枝を剪定したり手入れをしたりして、私たちを豊かな実りに導かれます。神様につながっているということで言えば、私たちの学校も神様の名によって建てられた学校で、創立以来、一貫して礼拝や様々な機会を通して、神様が語られる言葉に活かされてきました。神様とつながっていることが、私たち一人ひとりの人生を豊かで確かなものにします。
 この図柄(スクールカラーの濃紺の地に葡萄の画)は、阪神淡路大震災の際に、学院から被災した卒業生に送られた大きな風呂敷(縦横116㎝)のデザインです。人や物とのつながりを失い、孤独と絶望感に押しつぶされそうになっている同窓生に思いを馳せ、学院からのメッセージを込めて贈られました。「あなたは学院につながっている存在です。そして、学院を支え導いてこられた神様につながっている存在です。そのことをしっかり心にとめてください。」という思いは、送られた同窓生にしっかりと受け止められ、勇気と希望をもたらしました。