特色GP
2007年度「特色ある大学教育支援プログラム」に選定されました
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1.自分の内的な成長にひきつけた教養
2.これからの社会で求められている仕事の実践力
3.それを支える高度な専門知識
4.国際水準を行く高度な英語語学力
この4つがバラバラにではなく、ひとつの力にまとまります。

従来、大学で行われてきた学部教育を抜け出して、
教養教育と専門教育が英語で進められています。英語で学ぶ教養、英語で学ぶ専門、英語で身につける実践力
ウソのような話ではなく、実際にこの学習が行われています。生きる力が湧いてくる教養の学習。
必要に応じて直ちに仕事を組み立てる力が身につく専門の学習。 明るい自信は、あなたのものです。


私のキーワードの一つに「共に生きる」というのがあります。それを実感するために、夏、インドから帰ってすぐ栃木県にあるアジア学院(アジアやアフリカの農村指導者を養成する学校)を訪問、10日間の労働体験を共にしてきました。学校のモットーは「so
that we may live
together」。私はここでさらに2つのキーワードに出会いました。まず「命は命の犠牲の上に成り立っている」ということば。ここでの生活を通して、私は他の命によって生かされていることにやっと気づきました。鶏の首を絞める場は強烈な体験でした。鶏は自分がどうなるかを悟って、覚悟を決めたかのようにじっとしていた。その時の鶏の表情は今でも忘れることができません。その命の上に私の生命がながらえているのだと思いました。 もう一つは「戦争責任」。創設者の高見敏弘先生はこの学校を創設したのは戦争責任告白の具現だと語っておられた。大学でも耳にしていたが、まさかここでこの言葉に出会うとは思ってもいませんでした。
学校の授業で、今の私たちの生活は日本が昔、他のアジア諸国を侵略し、戦争をした延長で成り立っているのだと知り、自らの責任を考え始めていたところでした。他の国の人たちの犠牲の上に成り立っている。大きなテーマが突きつけられた思いを強くします。 私たちは、知ることは大事だ、まずは知らなければとよく言います。でも、そんなに簡単に言ってしまってよいのだろうか。インドでの体験がそうであったように、知るのは何のため?私は、知ることは反対に「責任が問われること」なのだと、いまは考えるようになっています。
これまでの私は、自分の「無知を知る」ことが大きな課題でした。いまは次の壁、知ることとはどういうことかにぶち当たっています。学びから体験、そしてまた学びへ。これからの私はこの繰り返しによって自分なりの答えを見つけ出すのだろうと考えています。
大学教育と社会」(1年次必修科目)を 受講した翌年の一文
2007年度、大阪女学院大学・大阪女学院短期大学の就職内定状況について、非常に恵まれたスタートをきることがました。
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