日本で日本人がマイノリティーになる環境

大塚 朝美

更新日:2026年5月31日

 

 日本に住んでいながら日本人がマイノリティー(少数派)になる瞬間があるだろうか。海外留学をした大学の授業内で日本人が2,3人だったり、旅行先で周りを見渡したところアジア人が自分1人だったという経験はあるが、日本国内に居るにもかかわらず、日本人がマイノリティーとなる環境が身近にあるのが本学である。

 今年度、本学に入学した1年生のうち、留学生と外国にルーツのある学生の割合が全体の6割を超える状況となった。レベル別になったクラスによっては、日本人が1人しかいないクラスも存在する。筆者が担当するクラスにも、日本人学生が1人と筆者とで合計2人である。そのクラスは授業は原則日本語で行うことになっているが、専門用語や難しい言葉などを使うと明らかに理解が追いついていない様子が分かり、ついつい英語に切り替えて説明をしてしまう。留学生にとっては勉強中の日本語で授業を受けることはチャレンジであるが、日本語上達のためには日本語での授業を理解できるようになることも必要である。

 マイノリティとマジョリティが逆転したら、何が起きるのだろうか。マジョリティからマイノリティに転じたグループにとって一番に挙げられる点は、これまで当たり前だと思っていたことが、実はそうではないかもしれないということに気づける機会を得ることだろう。教室でしばしば起こる場面の例として、教員から「何か質問はありますか」と問われる場面がある。日本の教室ではその教員の問いに対してはたいてい誰も発言せず、教員側も質問が出ることはほとんどないと思いながらも、そのフレーズを繰り返す状況となる。ところが、留学生が多いクラスでは、教員が質問を尋ねる前に手が上がってコメントや質問が提示されることもあり、「何か質問がありますか」と尋ねれば、待っていましたとばかりに手が上がり、質問が発せられるのである。また、授業内の言語についても、日本人が多いクラスでは英語を使用言語とするクラスであっても日本語を使う場面が見受けられる。こそこそと日本語で話したり、グループディスカッションをする場面でも日本語を使ってしまうのである。ちょっと英語では答えにくい質問だと、先生も日本人だから日本語を使ってもよいだろうと考えがちである。このような行動は、明らかに日本人がマジョリティであり、少しくらい話しても許されるだろうという考えがベースにある。ところが、日本人がマイノリティになると状況は違ってくる。日本語を理解できる人が少なく、英語で話さざるを得ない状況となる。また、プレゼンテーションのスライドを作成する際に、日本人が多いクラスでは英語の難しい単語には日本語の訳を付けて発表する学生が多いが、日本人がマイノリティだとその方法はあまり意味がない。この場合、そのクラスのマジョリティが使う言語の訳を付ける方がよほど効果的となる。2年前のあるクラスでは、日本人とベトナム人がほぼ半々の構成であり、留学生はベトナム人のみであった。発表スライドに使用する難しい単語や専門用語に日本語の訳を付けているのを見つけた私は、「もし日本語の訳を付けるなら、ベトナム語でも同じように訳をつけましょう」と声をかけた。ある学生はアドバイス通りベトナム語で単語の訳を付けて発表したが、その時の留学生の様子が、大変嬉しそうだったことを覚えている。思わぬところでベトナム語が出現し、またベトナム語をうまく発音できない発表者に対して、発音して示すといった光景もあった。一気にプレゼンテーションの雰囲気が良くなり、発表を聞く側の留学生たちも興味をもって耳を傾けていた。

 日本にいるにもかかわらず、マイノリティーになる環境で学習するのは貴重な経験である。マジョリティ側にいたとしても、マイノリティ側の気持ちや状況を想像し、考えて行動することができれば、平和な社会を作り出す第一歩となるだろう。この貴重な環境で多くのことを学ぶ2026年がスタートした。学生とともに教員としても色々と学んでいきたい。

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