Negative Capabilityの大切さ

松尾 徹

更新日:2024年12月23日

 今年もあとわずかとなりました。この時期、学生たちはレポートやプレゼンテーションの課題に追われ、忙しく過ごしています。多くの課題をこなすためには、できるだけ効率的に問題を解決する力、わからない状態から素早く抜け出す力が大切です。このように、できるだけ早く答えを出して、不確かさから脱出する能力のことを「ポジティブケーパビリティ(positive capability)」と呼びます。実際、社会においても「早く問題を解決できる人=仕事ができる人」と見なされるため、問題に対して早く答えを出すことは良いことと考えられ、多くの人がわからないことがあれば、すぐに答えを見つけたいと思う傾向が強いのではないでしょうか。この傾向は、ChatGPTなどの生成AIの登場によってさらに強まり、何か疑問に思ったり、わからないことがあったりすると、すぐにChatGPTに尋ねることが習慣になっている人もいるかもしれません。

  しかし、ポジティブケーパビリティばかりを重視することに対して懸念を抱いている人も少なくありません。そこで重要になってくるのが、ポジティブケーパビリティの対義語である「ネガティブケーパビリティ(negative capability)」です。ネガティブケーパビリティとは、イギリスの詩人ジョン・キーツが彼の弟に宛てた手紙で使った言葉で、「どうしても答えが出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える力」を指します。『デジタル脳クライシス AI時代をどう生きるか』の著者である酒井先生は、ネガティブケーパビリティを「不確かなことや疑問(もやもや感)を、あえて理詰めで解決するのではなく、答えが浮かぶまで棚上げする能力」と定義しています。私も経験がありますが、この棚上げは一見無駄に思えるかもしれませんが、棚上げした状態で日々を過ごし、じっくり考え、さまざまな情報と関連づけながら問題解決の糸口を見つけることがよくあります。時間をかけて自分の頭で考えるからこそ、物事を深く考えることができ、想像力(創造力)が豊かになるのではないでしょうか。

 また、ネガティブケーパビリティは、単に個人の思考力を高めるだけでなく、対人関係や社会における問題解決にも役立つと考えられます。現代の社会では、すぐに解決策を求めることが多く、他者とのコミュニケーションにおいても迅速な反応が求められる場面が増えています。しかし、時には「即答できない」状況や「答えが見つからない」問題に直面することもあります。このようなとき、ネガティブケーパビリティを持っている人は、焦ることなく、問題の本質にじっくりと向き合い、粘り強く解決の道筋を探ります。その姿勢が、周囲の人々にも良い影響を与え、より成熟したコミュニケーションや協力関係を築くことにつながるのではないかと思います。

 最後に、ネガティブケーパビリティを養うことは、現代社会における新たな価値観の一部として重要な役割を果たします。現在は先行きが不透明な時代です。コロナは落ち着きつつありますが、依然として完全に終息したわけではありません。ロシアとウクライナの戦争は続いており、イスラエルとパレスチナの問題をはじめ、世界情勢も不安定です。このように、先が見えない時代だからこそ、どうにもならない状況に耐える力がますます重要になってくると思います。ネガティブケーパビリティを養うためには、すぐに答えが出ないことは決して悪いことではないという意識を持つことが大切です。また、「人生にはすぐに答えが出ないこともある。答えが出ないなら、時間をかけて答えを見つければよい」という、良い意味での開き直りが必要ではないかと思います。

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