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AI時代に英語を学ぶ意義
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松尾 徹
- 更新日:2025年12月17日
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今年もあと2週間ほどで終わりを迎えようとしている。歳を重ねる度に時間があっという間に過ぎていくように感じていたが、今年は特に一瞬であったように思う。速いと言えば、相変わらずAIの進歩が止まらない。生成AIの急速な発展により、世間では「もう英語を学ぶ必要はない」という声が聞かれるようになった。確かに、AI翻訳の精度は日々向上し、リアルタイムでの音声翻訳も可能になった。では、本当に英語学習は不要なのだろうか。英語教育に長年携わってきた私の答えは、明確に「否」である。むしろ、AI時代だからこそ、英語を学ぶ意義は深化していると確信している。
第一に、AIを使いこなすには英語力が不可欠である。AIは確かに道具として優秀だが、それを使いこなすのは人間である。適切なプロンプトを入力し、出力結果の妥当性を判断するには、基礎的な英語力が不可欠だ。グローバル社会において最先端の研究や教育リソースの多くは英語で発信される。将来教壇に立つ学生たちには、AIツールを教育現場で活用しながら、生徒たちに英語での思考力と判断力を育む力が求められる。
第二に、言語学習を通じて「人間にしかできない力」が育まれる。協同学習の授業で、学生たちが英語のディスカッションに取り組む姿を見ていると、言語学習が単なる知識の習得ではないことを実感する。意見が対立したとき、相手の真意を探ろうと言葉を選ぶ。文化背景の違いに気づき、新しい視点を得る。こうした論理的思考、批判的思考、問題解決能力こそが、AI時代において最も重要な「人間にしかできない力」である。私自身、語彙習得研究やCLILの実践を通じて、言語と思考が深く結びついていることを実感してきた。異文化理解や多様な視点から物事を捉える力は、機械翻訳では決して代替できない。加えて、英語という言語を通して異なる世界観を学ぶことで、違った考えを持つ人に対して理解し、受け入れようという態度が育まれるのではないだろうか。
第三に、人との対話こそが英語教育の本質である。何より、大阪女学院大学で大切にしてきている人との対話こそが、英語教育の根幹であると私は考えている。AIが媒介する会話は効率的だが、教室での対面の対話が生み出す温かさ、深い相互理解、そして学習者の内発的動機づけには及ばない。人と人が直接言葉を交わし、共に学び合う経験は、どれほど技術が進歩しても決して色褪せることのない価値を持つ。
では、AI時代の英語教育者は何を目指すべきか。それは、AIと共生しながら「人間らしさ」を育む教育の実現である。AIに任せられる部分は任せ、浮いた時間で対話や協働学習、探究活動に注力する。多読やタスクベースの活動を通じて、学習者一人ひとりの個性に寄り添い、英語を通じて世界とつながる喜びを体験させる。それが、AI時代における英語教育の新たな使命ではないだろうか。
技術は進化し続けるが、人と人が心を通わせ、言葉で未来を切り拓く力は不変である。AIは英語学習を効率化するパートナーであって、英語を学ぶ意義そのものを消滅させるものではない。教育現場でAIをどう活用し、生徒たちのどのような力を育成すべきか—この問いに向き合い続けることが、次世代の英語教師を育てる私たちに課せられた責務だと考えている。
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