英語教員のつぶやき:研究会活動から学んだこと
仲川 浩世
更新日:2022年11月11日

 英語教員という職に就いてから何年経ったのだろうか?いつからそう呼ばれるようになったのか、はっきりと覚えてはいない。最初はアルバイト講師だったが、いつの間にかクラスを任され、気が付けば大学で指導することになっていた。
 英語を学びたいと考え、カナダに留学したが、その時もがむしゃらに進んでいたら、結局学位を取得後、帰国しそのまま大学教員の道へ。しかしながら、帰国した当初は、これから「何をすべきか」「どうすべきか」という目標も定まっていなかった。そうしているうちに、大学英語教育学会の研究会(SIG)に所属されていた、ある会員の方にお声がけいただいた。自分の教員人生は、その研究会活動が基盤となったと言っても過言ではない。主に教材開発研究に携わることを主眼としていたが、テキスト執筆の一方で、授業実践の成果を学会で発表したり、論考をまとめたりと、英語教育研究の「いろは」についてご指導いただいた。駆け出しの英語教員であった自分にとって、刺激となることばかりであった。熱意ある諸先輩方の研究に対する姿勢を肌で感じ、それを引き継いでいくことが自分達世代の役割であると、最近になって実感するようになった。
 コロナ禍以前は、学会・研究会活動のため、国内外を飛び回っていたが、ここ数年は出張を控え、オンライン学会参加へと形式も変容した。この形態の活動にも、慣れるまでは「学び」の繰り返しであった。英語教員という仕事は、「自分も学び」「人に教える」ということの繰り返しである。「教える」ためには、「知識を深める」ことを心掛けなければならない。このプロセスを行うことを心掛けているが、実際のところ、どのように時間管理をしているのか?と自問自答しながら、日々過ごしている。
 優先順位を考え、持久走のように走って、走って、1週間が終わる。教えるだけでは、いつか知識も創造力も枯渇してしまうだろう。振り返ってみれば、幸運にも自己研鑽に励み、英語教育研究の「いろは」をご教示いただける諸先輩方に恵まれていたことが、現在の「教員としての在り方」を身につけた大きな要因である。もちろん、自分のやり方が全て正しいとは思わないが、「教えることと学ぶこと」を継続したいという気持ちは変わってはいない。さて、つぶやきは終わった。次やることは何か、確認をし、再び仕事に取り組もう。

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